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February 1622009

 立つ人に手を貸せば春来たるなり

                           橋本輝久

るに見かねて手を貸したのではない。あるいは、常日ごろからその人の身体が不自由なことを意識していたからでもない。何かの会合でたまたまその人の隣りに居合わせ、さて散会となったときに、いかにも立ちにくそうにしている様子に気がついて、自然にすっと手を添えたということだろう。立ち上がったその人は微笑しつつ会釈をし、作者も「いえ……」と呟いて軽く会釈を返した。それだけのことであり、日常によくあるふるまいであり光景である。お互いに、すぐに忘れてしまうような交感だ。しかし、その交感のほんの一瞬に、二人の間には微妙なぬくもりのような感情が通いあう。この感じは、むろん周囲にいる人にはわからない。その微妙な交感の相をつかまえて、作者はそれを「春」と捉えた。暦の上では「春」であっても、これから出て行く表はまだ寒い。が、たとえ一瞬にせよ、ぬくもった心で見る外界は、確実に「春来たる」と告げているかのようだ。ここで「春」は、その自然的実相を作者のみに大きく開いたのだと言えるだろう。かくして、季語「春」は動かない。『殘心』(2009)所収。(清水哲男)




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